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商品を購入すると、パッケージや説明書には、名称、原材料、使用方法、注意事項など色々な情報が記載されています。企業のWebサイトを開けば、商品の特徴や開発背景、環境への配慮について、さらに詳しい情報を確認することもできます。
では、その商品がどこから来て、どのようにつくられ、使い終わった後に何へ戻るのかまで、私たちは知ることができるでしょうか。
使用されている原材料は、どの地域から調達されたものなのか。どの工場で、どのような工程を経て製造されたのか。故障した場合に修理できるのか。交換可能な部品はあるのか。複数の素材を分離できるのか。使用後は、どのように回収し、再資源化すればよいのか。
商品の表面にある限られたスペースだけで、こうした情報をすべて伝えることはできません。Webサイトに情報を掲載しても、その商品と情報が正しく結び付いていなければ、時間がたつほど関係が分からなくなります。
そこでEUが進めているのが、「デジタル製品パスポート」です。
これは、商品に新しい説明書を付けるだけの制度ではありません。商品が生まれてから役目を終えるまでの情報をつなぎ、その商品に関わる人へ引き継いでいく仕組みです。
商品について説明する時代から、商品の歩みを証明する時代へ。
ものづくりをめぐる情報のあり方が、大きく変わろうとしています。
デジタル製品パスポートは、「Digital Product Passport」の頭文字を取り、DPPと呼ばれています。
デジタル製品パスポート(以下、DPP)は、製品に関するさまざまな情報をデジタルで記録し、製造から使用、修理、回収、再資源化まで、製品のライフサイクル全体で共有する仕組みです。
その目的は、大量生産・大量廃棄を前提とした経済から、限りある資源を循環させる「サーキュラーエコノミー(循環経済)」への移行を加速させることにあります。原材料の原産地や部品の構成、カーボンフットプリント(製品のライフサイクルを通じた温室効果ガス排出量)、修理のしやすさ、リサイクル方法などが記録されます。いわば、製品が「何から、どのようにつくられ、使用後にどう循環できるのか」を示すデジタル上の履歴書です。
この仕組みの背景には、EUが主導する「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)」があります。EU市場に流通するほぼすべての物理的製品を対象に、耐久性や環境性能の向上を求める枠組みです。この規則については、次回のコラムで詳しく掘り下げますが、ESPRではDPPを対象製品ごとに定められた情報を電子的に参照できるようにする仕組みとして位置付けており、DPPの義務化は、最も早いもので2027年2月18日からEUのバッテリー規則に基づく大型産業用・EV用バッテリー(バッテリーパスポート)を対象に開始されます。他にも繊維製品、電子機器をはじめとする幅広い分野で導入・義務化の開始に向けた動きが進んでいます。
商品本体やパッケージ、付属文書などに二次元コードなどのデータキャリアを表示し、そこから製品固有の情報へアクセスできるようにします。ただし、コードの中にすべての情報を収めるわけではありません。コードと製品固有の識別子を入り口として、外部で管理されている製品データへつなぐ構造です。
そのため、DPPを「紙の説明書をWebページに置き換える制度」と理解してしまうと、本質を見誤ります。
従来のWebページは、同じ商品名であれば、すべての製品に共通する内容を掲載することが一般的でした。一方、DPPでは製品の特性に応じて、モデル単位、製造ロット単位、場合によっては一つ一つの製品単位で情報を管理することが想定されています。
同じ商品名で販売されていても、製造時期によって部品や原材料が変更されることがあります。製造工場が変わることもあれば、修理や部品交換によって、出荷時とは異なる状態になることもあります。DPPは、こうした違いを製品の履歴として管理するための基盤になります。
また、掲載する情報は、人が読んで理解できればよいわけではありません。正確で、完全で、最新の状態に保たれ、異なるシステム間でも利用できることが求められます。EUの規則では、機械で読み取れること、検索できること、他のシステムへ移転できること、特定の事業者に依存しない形式であることなども示されています。
つまり、DPPとは、商品にQRコードを付けることではなく、商品と、その商品を説明するデータを、長期間にわたって切れ目なく結び付ける仕組みなのです。
対応が求められるのは、EU域内の企業だけではありません。EUへ製品を輸出する日本企業はもちろん、その製品に原材料や部品、包装資材などを供給する国内企業にも影響が及びます。DPPはもはや欧州だけの環境施策ではなく、日本企業にとっても、今後の取引やサプライチェーンへの参加を左右する重要な動きになりつつあります。
DPPは、遠い将来の構想ではありません。
欧州委員会の計画では、2026年7月19日までにDPPの登録基盤(レジストリ)や標準規格の枠組みを整備・決定することとされています。事業者が製品固有の識別子などを登録し、行政機関や税関が確認できる共通基盤の構築が、着々と進められています。
ただし、2026年7月から、EUで販売されるすべての商品にDPPが一斉に義務化されたわけではありません。DPPの対象となる製品や、登録すべき情報、表示方法、管理する単位などは、製品分野ごとの法令によって段階的に具体化されます。
先ほども述べましたが、最初の具体的な実施例として、EVや産業用等のバッテリーについて、2027年2月18日からDPPが義務化される予定です。その後も、鉄鋼、繊維、タイヤ、アルミニウム、家具、ICT製品など、製品分野ごとに要求事項が整備されていく見通しです。
したがって、現在は「すべての商品が対象になる直前」ではなく、「共通の運用基盤が整い、製品分野ごとの具体化が進み始めた段階」と捉えるのが適切です。
まだ自社製品の詳細な要求事項が決まっていないからといって、何も考えなくてよいわけではありません。DPPへの対応には、原材料、製造、品質、販売、修理、回収など、社内外に分散している情報をつなぐ必要があります。対象が明確になってから情報を探し始めても、必要な履歴が残っていない可能性がありますので、注意が必要です。
これまでの商品情報は、主に購入前と使用時を対象としてきました。
この商品にはどのような機能があるのか。どのように使うのか。どのような点に注意すべきか。ほかの商品と比べて、なぜ選ぶ価値があるのか。
そこでは、企業から生活者へ情報を伝えることが中心でした。商品情報は、購入を促し、安全に使用してもらうためのものであり、多くの場合、販売時点で役割の大半を終えていました。
しかし、循環型の社会を実現するためには、商品が売れた後にも情報が必要です。
故障した商品を修理する人には、構造や交換部品の情報が必要です。中古品として再販売する人には、製品の仕様や修理履歴が必要になります。解体する人には、安全な分解方法が必要です。再資源化する人には、どの素材がどこに使われ、どのように分離できるかという情報が欠かせません。
製品を再利用する技術があっても、その製品が何からできているのか分からなければ、適切に処理することはできません。また、リサイクル可能な素材が使われていても、複数の素材を分離できなければ、実際の再資源化につながらないことがあります。
つまり、製品を循環させられない理由は、必ずしも技術不足だけではありません。製造した企業が持つ情報が、その製品を次に扱う人へ、正しく引き継がれていないことも大きな要因です。
そこでDPPは、製品情報を販売時点だけで使い終えるのではなく、製造から使用、修理、回収、再資源化に至るまで、製品のライフサイクルを通じて引き継ぐことを目指しています。製品がどのようにつくられたのかという「過去」を記録し、いまどのような状態にあるのかを示し、これからどう扱うべきかという「未来」を伝える。
そう考えると、DPPは単なる説明書ではなく、製品の歩みと可能性を記した「履歴書」に近いものだといえるでしょう。

履歴書を見る人によって、知りたい情報は異なります。DPPも同じです。
生活者が知りたいのは、その商品がどれだけ長く使えるのか、壊れたときに修理できるのか、環境への配慮に根拠があるのかという情報かもしれません。
販売事業者には、正しい商品を識別し、法令に適合していることを確認するための情報が必要です。修理事業者は、部品の種類や構造、分解方法を知る必要があります。再使用や再製造を担う事業者には、製品の状態や交換された部品の履歴が重要になります。
リサイクル事業者が必要とするのは、素材構成や分離方法、処理時に注意すべき物質の情報です。行政や市場監視当局は、製品が法令の要求を満たしているかを確認します。輸入品については、税関が有効なDPPの登録状況を確認する場面も想定されています。
つまり、一つの商品に一つの説明を用意すればよいのではありません。
一つの商品について、立場の異なる人が、それぞれに必要な情報へ到達できるようにする必要があります。
もちろん、誰でもすべての情報を閲覧できるわけではありません。生活者に公開する情報、修理事業者に提供する情報、行政機関だけが確認できる情報、企業秘密として保護すべき情報は分けて管理されます。
DPPの設計では、「何を登録するか」だけでなく、「誰が、どの情報を見ることができるか」まで考える必要があります。
ここにも、従来の商品ページとの違いがあります。DPPは企業が一方的に情報を発信する媒体ではなく、製品に関わる複数の人が、それぞれの役割を果たすために情報を共有する基盤なのです。
DPPへの対応を検討するとき、最初に思い浮かぶのは、パッケージに表示するQRコードかもしれません。
しかし、コードを作成し、印刷すること自体は、それほど難しいことではありません。難しいのは、コードの先に置く情報を、正確かつ継続的に管理することです。
製品の仕様は多くの場合、研究開発部門が持っています。原材料や仕入先の情報は調達部門が管理しています。製造工場やロットの情報は製造部門にあり、法令への適合性や証明書は品質保証部門や法務部門が保有しています。
修理方法や交換部品に関する情報は、アフターサービス部門が持っているかもしれません。回収後の分別や再資源化については、社外の廃棄物処理事業者やリサイクル事業者に確認しなければ分からない場合もあります。
これらの情報を集めたとしても、それだけでDPPにはなりません。
仕入先が変更されたとき、誰が情報を更新するのか。同じ商品名のまま原材料や部品が変わった場合、どの単位で別の製品として扱うのか。パッケージに印刷したコードと、製造ロットをどのように結び付けるのか。製品の販売が終了した後も、修理や再資源化に必要な情報を残せるのか。
さらに、登録された数値や説明に誤りがあった場合、誰が修正し、誰が承認するのかも決めなければなりません。
企業のWebサイトであれば、担当者が文章を書き換えることで対応できるかもしれません。しかし、製品の識別情報として長期間利用され、行政や税関、修理事業者、リサイクル事業者も参照する情報となれば、更新には明確な責任と手続きが必要です。
DPPは、コードを印刷するプロジェクトではありません。
商品情報が生まれ、利用され、更新され、製品の役目が終わった後まで残る。その一連の流れを設計するプロジェクトなのです。
商品情報がデジタル化されれば、パッケージやラベルの役割は小さくなるのでしょうか。
近年は、資源有効利用促進法や食品表示法の省令改正が予定され、ペットボトルなどを中心に「ラベルレス商品」が広がっています。ラベルをなくすことで、プラスチック使用量を削減できるほか、廃棄時にラベルを剥がす手間が省け、分別やリサイクルがしやすくなります。製造工程や物流の効率化、包装コストの削減につながる可能性もあります。
一方で、ラベルをなくすことには課題もあります。商品名や使用方法、注意事項などを表示できる面積が限られ、店頭では商品の違いや魅力を伝えにくくなります。また、必要な情報を外装や容器本体、キャップなど、別の場所に表示しなければならない場合もあります。
つまり、ラベルレス化は「情報をなくすこと」ではなく、「どこに、どのような方法で情報を持たせるか」を再設計することだといえます。
DPP時代には、情報の一部をデジタル空間へ移すことで、パッケージやラベルへの表示を簡素化できる可能性があります。しかし、それによって印刷物の役割がなくなるわけではありません。むしろ、現実の商品とデジタル情報を確実に結び付ける接点として、その重要性は一段と高まるでしょう。
どれだけ詳細なデータを整備しても、その情報が目の前の商品と正しく結び付いていなければ活用できません。製品本体やパッケージ、ラベル、説明書などに表示されるQRコードや二次元コードといったデータキャリアが、商品とデジタル情報をつなぐ入口になります。
そのコードは、製造や流通の途中で損傷せず、生活者が商品を使用する環境でも、確実に読み取れなければなりません。印刷する素材や色、光沢、曲面の形状に加え、汚れや摩擦、経年劣化なども可読性に影響します。ラベルレス商品であれば、容器への直接印刷や刻印、キャップへの表示など、情報の持たせ方そのものを検討する必要があります。
また、すべての商品に同じコードを印刷すればよいとは限りません。情報を管理する単位が、製品モデル、製造ロット、個体のいずれであるかによって、印刷工程や検査方法は変わります。製品ごとに異なる情報を印刷する場合には、製造データと印刷データを正しく連携させる仕組みも欠かせません。
コードが鮮明に印刷されていても、別の製品情報につながっていては意味がありません。これからは、印刷品質だけでなく、商品とデータの一致まで含めた管理が求められます。
これまでパッケージには、商品の魅力を伝える役割と、法令で定められた情報を表示する役割がありました。DPP時代には、そこへ第三の役割が加わります。
それは、商品とデータを結び付ける「インターフェース」としての役割です。
ラベルを残すのか、減らすのか、なくすのか。その選択自体が目的なのではありません。商品開発、システム設計、パッケージ設計、印刷工程を別々に進めるのではなく、必要な情報を誰に、いつ、どのように届けるのかを、最初から一つの情報設計として考えることが重要になるのです。
デジタル製品パスポートは、EUで製造する企業だけに関係する制度ではありません。
対象となる製品をEU市場へ投入する場合、EU域内で製造されたか、EU域外から輸入されたかにかかわらず、必要な対応が求められます。日本で製造した商品をEUへ輸出する場合も、対象製品であれば無関係ではありません。
また、自社が完成品をEUへ輸出していなくても、その製品に使われる部品や素材を供給していれば、取引先から情報の提供を求められる可能性があります。
ただし、これは単に「海外の規制が日本企業にも波及する」という話だけではありません。
重要なのは、求められる情報の性質が変わることです。
これまで海外向けの商品情報では、日本語の説明文を翻訳し、現地の表示ルールに合わせることが中心でした。しかしDPPで必要になるのは、販売用の説明文だけではありません。
原材料の構成、製造拠点、製品識別、修理可能性、再資源化方法などを、根拠のあるデータとして提供する必要があります。商品について魅力的に説明できることと、商品の履歴を証明できることは、同じではありません。
EU向けのWebページを新しく作るだけでは対応できません。
問われるのは、自社の商品がどこから来て、どのようにつくられ、どの情報が正しいのかを、検証可能な形で示せるかどうかです。
DPPに対応するためには、情報収集やシステム整備、部門間の連携が必要になります。企業にとって、新しい負担が生じることは避けられません。
しかし、商品の履歴情報を整理することは、規制対応以外にも利用できます。
例えば、商品ごとの識別情報が整えば、模倣品と正規品を見分けるために活用できます。不具合が発生した場合には、対象となる製造ロットを迅速に特定できるかもしれません。
生活者が商品を長く使用するための修理案内や、正しい交換部品の紹介にもつなげられます。中古品を販売するときには、製品の仕様や修理履歴が、価格や信頼性を判断する材料になります。
原材料や製造工程に関する情報は、環境への配慮を説明する根拠にもなります。「環境にやさしい」「リサイクルしやすい」という抽象的な表現ではなく、どの素材を使い、どのように分離し、何へ再資源化できるのかまで示せれば、環境訴求の信頼性は高まります。
販売後も商品情報へアクセスしてもらう仕組みがあれば、修理、部品交換、回収、買い替えなどを通じて、企業と顧客の関係を継続することもできます。
DPPを規制対応のためだけに設計すれば、最低限の情報を登録する仕組みで終わります。
一方、購入後の支援や修理、再販売、回収まで視野に入れれば、一度売って終わる事業から、商品と長く関係を持つ事業へ転換できる可能性があります。
履歴情報は、商品の過去を記録するだけではありません。
販売後のサービスと、次の事業機会をつくる情報にもなるのです。
現時点で、すべての企業が大規模なDPPシステムを導入する必要はありません。対象製品や具体的な要求事項が定まっていない段階で、仕組みだけを先につくっても、過剰な投資になる可能性があります。
まず確認すべきなのは、自社の商品情報がどのような状態にあるかです。
原材料に関する情報は調達部門、製造履歴は工場、製品仕様は開発部門、表示内容は品質保証部門というように、情報が別々に管理されていないでしょうか。商品名や品番は共通していても、部門によって異なる管理番号を使用していることもあります。
仕入先から受け取った証明書は残っていても、どの製造ロットに対応するものか分からない場合があります。複数に跨る場合もあるでしょう。製品の仕様変更を記録していても、その変更がパッケージやWebサイトの情報に反映された時期まで追跡できないこともあります。
販売終了後の情報を、どれだけ長く残すかも重要です。製品が市場で使われている限り、修理や回収に必要な情報は求められます。担当部署が変わったり、取引先が事業を終了したりしても、情報へ到達できる仕組みが必要になります。
DPPへの準備は先ず、自社がどのような商品情報を持ち、それがどこにあり、誰が責任を持ち、どの単位で管理され、どこまで信頼できるのかを確認することです。
現在の情報の流れを整理すれば、DPPへの対応だけでなく、品質管理、商品開発、問い合わせ対応、リコール、環境訴求など、既存業務の課題も見えてきます。
制度への備えは、商品情報の棚卸しから始まります。
これまで商品の価値は、主に素材、機能、デザイン、価格によってつくられてきました。
しかし、原材料、製造、修理、再使用、再資源化までが記録されるようになれば、「説明できること」そのものが商品価値になります。
どれだけ優れた素材を使っていても、その由来を説明できなければ、価値として伝わりません。修理可能な設計であっても、部品や修理方法の情報が残っていなければ、実際に修理することは困難です。リサイクル可能な商品でも、素材構成や分離方法が分からなければ、資源として循環させることはできません。
これからは、商品と情報を別々に考えることが難しくなります。
製品本体が完成してから説明を付けるのではなく、どの情報を、誰が、いつ、どのように残すかまでを、商品設計の一部として考える必要があります。
商品には、説明書ではなく「履歴書」が付く時代になろうとしています。
そこに記録されるのは、商品の機能や使い方だけではありません。どこから来て、どのようにつくられ、どれだけ長く使うことができ、最後に何へ戻るのか。商品の過去から未来までが、一つの情報としてつながります。
デジタル製品パスポートへの対応は、QRコードを付けることから始まるのではありません。
自社の商品について、誰が、何を、どの根拠に基づいて説明できるのか。
その確認から、商品の新しい設計が始まります。